ギリシア哲学への招待状 愛知哲仁 An Invitation to Greek Philosophy

第17講義 哲人政治論

国家

プラトンの主著

前回は〔イデア論〕についてお話しました。そのイデア論を基にして『国家』という著作がなされています。これは全10巻の大作です。岩波の文庫本でも、分厚いのが2冊になります。プラトンの主著と言ってもいいでしょう。この著作は、やはりソクラテスの口を通じて、理想の国家像や政治家、教育などが語られます。いろんな内容が書かれているんですが、それぞれについて検討をしていたら、限(きり)がありません。今日は、この本に書かれている内容を、ちょっと紹介して、プラトンを終わっておきたいと思います。

哲人政治論

───プラトン著 藤沢令夫訳『国家(上)』岩波文庫青601-7──────
「哲学者たちが国々において王となって統治するのでないかぎり」とぼくは言った、「あるいは、現在王と呼ばれ、権力者と呼ばれている人たちが、真実にかつじゅうぶんに哲学するのでないかぎり、すなわち、政治的権力と哲学的精神とが一体化されて、多くの人々の素質が、現在のようにこの二つのどちらかの方向へ別々に進むのを強制的に禁止されるのでないかぎり、親愛なるグラウコンよ、国々にとって不幸のやむときはないし、また人類にとっても同様だとぼくは思う。……
──────────P405(ステファヌス版473D)より引用───────

哲学者が政治家になるべきだ。または、政治家は哲学を学ぶべきだ。これを【哲人政治論】とか【哲人王の思想】と呼んでいるんだ。哲学者が治める国家に暮らす国民は幸福になる。こんな内容です。

民衆には、政治は任せられない

民主主義が当たり前となっている現在ですが、アテネでは約2,500年前に民主政治が行われていたんだね。世界史で習ったよね。でも、この民主政のもとで、尊敬する師ソクラテスを失ったプラトンは、民衆のいい加減さをいやと言うほど痛感したわけだ。よく西洋人は、ペルシアの専制君主政治と対比させて、ギリシアの民主政を自慢するんだけど、比較的うまく行っていたのは、数人の優秀な執政官(しっせいかん)や将軍などが指導している時期が多いんだ。プラトンはそんな歴史経緯を知っていたから、少数の優秀なもの、哲学を学んだ者だね、そんな人物が政治を行うのが理想だと考えたんだ。

ああ、確かに、寡頭(かとう:少ない人数)政治のときにも、独裁政権とか僭主政治とか呼ばれる悪政は、行われたね。「僭主政治はだめ」という国制についての考察も『国家』にはあるから、読んでみてくれ。ここではやめておきます。

洞窟の比喩

第7巻の冒頭(514A-521B)は、〔洞窟の比喩〕と呼ばれている部分です。地下にある洞窟に、子供のときから手・足・首を縛られた人間たちがいると思ってください。顔は洞窟の奥の方を向いています。入り口方向に顔を向けることはできません。入り口方向に火があって、その火と縛られている人間の間に、道が横断していて、他の人間がいろんな人形や像を運びながら移動します。影絵のような状態が、洞窟の奥の壁に映し出されます。道を横断する人間の中には、声を出す者もいますが、その声も奥の壁で反響して、まるで壁から音が出ているように聞えます。 ただ、洞窟で縛られて育った人間は、お互いに話はできます。

そんな洞窟で育った人間は、洞窟の壁に映った影を本物と思い込むはずです。本物を見たことがなく、偽物を本物だと思っている人間、これが一般民衆だと例えています。この中の1人が、縄を解かれて本物を見せられます。さらに、洞窟の外へ連れ出されて、明るい太陽の下で地上のものを見せられます。その人は、明るさに目がくらんで、初めは何も見えないでしょう。その後、見えてきた物も、にわかには信じられないでしょう。哲学を学ぶというのは、このような体験を徐々に積んでいくことなんです。

外に出た者は、真実のすばらしさに驚き、それをもっと見たいと思うでしょう。それを見ている状態を観照(テオリア:観想)状態といいます。周りの者には、その人がただ単にボーっとしている状態にしか見えません。そうそう、ソクラテスがボーっとしていたのもこれだと言いたいんじゃないかな。太陽の光の下にある風景が、【善のイデア】に例えられています。藤沢先生の訳(岩波文庫)では、イデアは〔実相(じっそう)〕となっています。

黒板に洞窟を描く

洞窟の板書 何? ああ、そうかね。ちょっと待ってなさい。う〜ん、どうも上手くいかんね。ああ、まあ、こんなもんか。いいかね。こんな感じだ。この本物の物体を、縛られていない人間が持って、やって来て、影絵芝居みたいなことをやる。民衆は、後ろでそんなことが行われていることは、ぜんぜん知らないわけだ。そして、目の前の壁に映っている影が本物だと信じているんだ。いや、本物を持っている人間のことは、考えるな。それは関係ない。ああ、これは通路の入り口だ。これも関係ない。見えなかったら無視しろ。

影しか見ていない人間の中にも、観察眼の鋭いやつや、今までのパターンをしっかり記憶しているやつがいるわけだ。そいつらは、次に何が出てきて、どうなるかを、他の民衆よりも高い確率で予測できるわけだ。そんな人物は、他の民衆たちから尊敬される。この者たちは、指導者になったり、お金儲けをするんだな。でも、本当のことは知らないわけだ。

外に出て、〔善のイデア〕を見たものは、また洞窟に舞い戻って、前と同じ場所に戻りたいと思うだろうか。普通は思わないわな。でも、戻るべきだ。プラトンは、そう主張しているのです。前と同じ場所に戻って、何も知らない民衆に、彼が見てきたイデアを語り伝えるのです。それが為政者(いせいしゃ:政治家のこと)の仕事だ。そう、プラトンは考えています。

哲学者の義務

何も知らない民衆の無知と偏見にあうことはわかっています。それでも、努力するのが政治家。この政治家は、あまりお金が儲からないようにしておきます。実は、家族や私有財産を持つことも禁止するとプラトンは言っています。そうしておくと、お金に意地汚い者は、政治家になろうとしません。もちろん、真のイデアを見た哲学者も、政治などせずに、イデアを観照して生活するのが望ましいのですが、哲学者の義務として一定期間、政治を行います

うん、妻や子供も共有なんだ。誰が親とか、どの子がわが子だとかはわからないようにして、みんなで育てるんだ。スター・ウォーズのジェダイも財産私有は禁止だそうだ。家族も持っちゃいけないんだろ。まあ、あれは政治家じゃないから。どちらかといえば兵士の部類に入るのかな。ああ、そうなの。ちょっと違うの? でも、あの映画シリーズも、国家のあり方だとか、政治体制について考えさせられるものがあるよね。まあ、私有財産については、ここでは詳しくやってる時間は無いんだ。興味があれば、自分で『国家』を読んで考えてくれ。

国家の三つの階級

次に、実際にどういった国家が理想なのか。それを読み取りたいと思います。プラトンは国民を三つの階層、岩波文庫の翻訳では、種族となっていますが、三つに分けます。第1の種族は、保護者と呼ばれるものです。〔政治家〕ですね。彼らには、【知恵】が必要だと定義します。第2の種族は、〔軍人〕です。〔軍人〕には【勇気】が必要です。第三の種族は、〔一般民衆〕です。

国家の調和と正義

国民は、お互いの職分を守り、他の人の職を侵しません。自分の仕事に一生懸命取り組み、他人の仕事にはチョッカイを出してはいけません。こうすることを【節制】と呼んでいます。各国民が〔節制〕をすれば、国家の三種族の間に【調和】が生まれ、うまく行きます。この状態が国家の【正義】なのです。

(ことわ)っておきますが、固定身分制ではありません。教育の過程で適性を見抜き、その子にふさわしい仕事に就かせるのです。何だったかなー、高校生くらいのときに、星新一だったか眉村卓だったか、適性検査で職業が自動的に決められてしまうSFを読んだことがあったけど……。あっ、今は奴隷のこととかは考えないでくれ。確かに、アテネにはいたけど。それを考えるとややこしくなるから。

魂の三区分

プラトンは、一人一人の魂の中も、三つに区分できるという説を唱えます(434C-441C)。これは、『パイドロス』の中でも、二頭立ての馬車に乗る御者の比喩で説明されています。ここでは、紹介しませんが、夢物語のようですから、ファンタジー好きの方は読んでみてください。

1人の人間の魂には、〔理知的部分〕〔気概の部分〕〔欲望的部分〕の3つの部分がある。よく、テレビドラマなんかで、心の中の悪魔と天使が現れて、言い合いをしている場面があるだろ。千円札を拾って、「警察に届けろ」という天使と「貰っちゃえ」と言っている悪魔とか。

やっぱり、個人にも〔知恵〕〔勇気〕〔節制〕があって、この〔調和〕を図ることが〔正義〕なんだ。個人も小さな国家なんだね。そう、もちろん、魂の理知的部分が知恵を表していて、気概の部分が勇気を表しているんだ。魂の3つの部分もお互いにでしゃばらず、節制することにより調和が保たれ、個人の正義が実現されるんだ。

議論は尽きない

『国家』は、いろんな箇所で議論の的になるような問題を提起しています。全体的に解説したものや、個々の問題について論じられたものなど、たくさんの書物や研究論文があります。それを読み挙げるだけでも1日かかってしまうかもしれません。

人間の幸福とは、魂の三つの部分が正しく調和している状態だ。ソクラテスの言葉では、「知を愛し求め、魂をより優れたものにするために配慮する」。でも、そんな生活ができるためには、すぐれた国家でなければいけない。プラトンはそう考えた。

晩年には、さらに具体的に国家の法というものを研究して、『法律』を書いています。

プラトンは、〔イデア論〕を基に理想の国家体制の理論をつくりました。歴史上の権力者は、ときに、この理論の中から、自分たちに都合のいい部分だけを抜き取り、また、「自分たちこそがイデアを見た哲学者である」ことを装いながら、民衆を率いてきました。いや、みんなというわけじゃないよ。そんな為政者もいたということだ。現在の各国の指導者の中にも、そういう者がいるかもしれない。

私たちは、『国家』を読み直し、真の政治家とは何かを考え、口当たりのよいスローガンや、プロパガンダ(政治的・思想的な宣伝)に惑わされることのないようにしたいものです。


インデックス・ペイジ

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アリストテレス

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参考文献
『国家(上)』
プラトン著 藤沢令夫訳
岩波文庫 青601-7 \840
 正義とは?、不正は正義よりも得をするのか?、国家とは?、国の守護者たる者の理想の教育とは?、魂の機能の三区分とは?、妻女と子供の共有についての提言、哲人政治論、哲学者の定義。
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参考文献
『国家(下)』
プラトン著 藤沢令夫訳
岩波文庫 青601-8 \903
 哲人政治は可能か?、哲人統治者の知的教育、太陽の比喩、線分の比喩、洞窟の比喩、国家の諸形態の考察、正しい生き方こそが幸福である、詩歌・演劇批判、エルの物語。
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参考文献
『プラトンと政治』
佐々木毅著 \7,770
東京大学出版会 1984/04
Amazon.co.jpへ行ってみる
私は楽天ブックスに行く
 図書館にあればいいのに。ちょっと手が出ない。





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参考文献
『テアイテトス』プラトン著
田中美知太郎訳 岩波文庫
1983/05 \735
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参考文献
『パイドロス』プラトン著
藤沢令夫訳 岩波文庫
1982/11 \588
 天上で暮らす魂を見つめた物語。美しく壮大な宇宙を旅しているような感覚にとらわれる。哲学よりも文学に近いか。
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参考文献
『法律(上)』プラトン著
森進一訳 岩波文庫
1993/02 \1,050
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参考文献
『法律(下)』プラトン著
森進一訳 岩波文庫
1993/04 \1,260
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