ギリシア哲学への招待状 愛知哲仁 An Invitation to Greek Philosophy

第16講義 イデア論

パイドン

クサンチッペ泣き叫ぶ

前回は、『パイドン』の話をしている途中で時間が来てしまいました。前にも言いましたが、『パイドン』は、ソクラテスの処刑当日1日分の話が書かれている書物です。史実そのままかどうか、という点は疑わしいのですが、悪妻と名高い妻のクサンチッペが子供を抱いて泣き叫び、ソクラテスを困らせた記述もあります。クリトンの家のものに家まで送り届けられます。ソクラテスは、最期の1日、静かに弟子・友人たちと語らいたかったのです。そういう設定になっています。

入り込みすぎると正確な説明が

前回の講義でも、そうなのですが、プラトンの書いた書物は、ソクラテスが主人公になっています。ですから、私の話も、「ソクラテスはこう言った」「ソクラテスは考えた」と言いますが、このあたりの書物は、実際には、プラトンが考えたと言う方が正確なのです。どうしても「ソクラテス」といってしまうのですが、皆さんは「プラトン」に置き換えて聞いてください。

魂の不滅を信じたい

皆さんは、「輪廻転生(りんねてんしょう)」という言葉を聞いたことがありますか。まあ、仏教用語なのですが、仏教に限らず「生まれ変わり」という考え方ですね。現代に生きる我々も、自我とか意識までもが肉体と一緒に滅び去ってしまうのは、納得したくないですね。肉体は滅びても、魂だけは生き残って欲しいと願っているんじゃないでしょうか。

それで寂しくないの?

ほー、君はクールだね。何? クールだろうと何だろうと、無くなるものは無くなる。そら、ごもっともだ。でも、君はそれで満足なの? 満足でも不満足でも無くなるものは無くなる。そりゃそうだ。まあ、いいわ。進めるぞ。

魂不滅の論証を試みる

『パイドン』は、「魂の不死について」書かれています。肉体は滅んでも、魂はなくなりません。何度も肉体を得てこの世に生まれ変わります。それを論証しているのです。多分君たちは、「魂も滅ぶ」という先入観があるから、この本を読んでも入り込めないと思う。でも、そんなこと抜きにとにかく読んで欲しい。いろんな箇所で、有意義な意見が出ているから。

饗宴

オカマかゲイか

さて、『饗宴』に進まなければいけません。そうしないと、〔イデア論〕の説明ができないからです。『饗宴』は、イデア論のほかにも、男女両性者だとかおもしろい話も出てきますが、探求したい学問とは、あまり関係ないので、時間があればお話します。まあ、興味を持ってもらうために1つだけ。

羊飼いのエンデュミオン

『セーラームーン』って知っていますか。そうそう、「月に代わって、おしおきよ!」というやつです。あの話に出てくるエンデュミオンは、ギリシャ神話に出てくる青年で、月の女神セレネに愛されたので、不老不死となって永遠に眠っているんですよ。本筋に戻ります。

ディオティーマのことば

―――――――プラトン著・森進一訳――饗宴・210E〜211B―――――

 愛の修行にのぞんで、いま語られたところまで導かれてきた人は、さまざまの美しいものを、順序を守り、しかるべき仕方で見ながら、愛の道程もいまや終わりに近づいた頃、突如として、彼は、げにも驚嘆すべき性質の美を、まざまざと目にするでありましょう。ソークラテースよ、その美こそは――まことに、今までの努力の一切が、まさしくそれを目的としていたものですが、――その 美こそは、まず、永遠に存在し、生成消滅、増大減少をまぬがれたものなのです。次に、ある面では美しく、他の面では醜い、というようなものでもなければ、また、ある時は美しく、他の時は醜い、とか、ある関係では美しく、他の関係では醜い、とか、さらに、(あたかもある人には美しく、他の人には醜い、というような意味で)あるところでは美しく、他のところでは醜い、というようなものでもありません。なおまた、その美をのぞみ見た人の前に、それが姿を現わすのは、けっして何かの顔の形をとるとか、あるいは手とか、その他、およそ肉体に関係するものの形をとってではありません。また、何かある言葉とか、知識とかの姿においてでもありません。または、その美とは異なった、何か別のものの中に在るものとしてでもありません。たとえば、動物、大地、天体、その他何かのものの中に在るものとしてではありません。むしろ、その美は、それ自身が、それ自身において、それ自身だけで、一なる姿をとってつねに存在しているのです。これに対し、他の美しいものは一切、その彼方にある美にあずかっているのですが、その両者の間には、次のような関係が見られるのです。――つまり、それら他のかずかずの美しいものは、生成消滅の渦中にあるのですが、かの美のほうは、より大に、またはより小になったりすることもなく、さらに、いかなる変様も被りはしない、というような関係が見られるのです。……

───────────新潮文庫より引用終わり─────────

イデア(エイドス)の存在

天上の世界に、「美そのもの」といった真の原型が存在する。それは美の【イデア(idea):「姿」「形」「範型」「実体」「実相」と書かれることも】と呼ばれるものです。プラトンが語る場合、【エイドス(eidos):アリストテレスが使うと「形相(けいそう)」と訳される。「ぎょうそう」とは読ませない】も、このイデアと同じものなのですが、とにかく、感覚を超えた真実在が存在する

地上にある「美しいもの」は、すべてこの「美のイデア」の影響を受けているから美しく感じるんだ。そういう考えです。イデアから影響を受けることを、「美にあずかる」とか「美を分有する」という表現で表します。

しかし、イデアでないものは、人によっては美しく感じられず、また、いつまでも美しい状態ではいられないのです。美しい花もやがてはしぼんでいくし、美少年も老いさらばえていくのです。でも、イデアは、老いることもなくなることもありません。また、誰が見ても美しいのです。

イデア界は理想郷

「美」の他にも「徳」や「馬」「三角形」など、多くのものにイデアがあるのです。そのイデアがある場所が、〔イデア界〕です。人間の魂は、かつてイデア界に在って、それらのイデアを見てきているのです。人間の肉体に入った時に、それを忘れてしまうのですが、学習することにより思い出すのです。これが〔魂の想起〕です。先週出てきましたね。

エロース

そして、そのイデアに恋あこがれることを【エロース(erôs】と呼んでいるのです。これは、ローマ神話では、キュービッドと呼ばれるギリシア神話の愛の神の名前からきているのですが、今日(こんにち)、君たちが使っているような意味ではないのです。そこんところは誤解しないように。

肉体が生活する地上界は、イデア界の粗悪なコピーの寄せ集めで、うその世界だ。プラトンは、そう言います。そして、正しく学習し哲学を学んだ者には、イデア界が見えるようになり、現実の生活を軽視し、イデア界のことに夢中になります。ソクラテスは、しばしば恍惚(こうこつ)状態に陥り、何時間も(時にはもっと長い時間)立ちすくんでいたりしたそうです。プラトンは、師のそういった状態も、イデア界に夢中になっていたと見ているのでしょう。ソクラテス本人は、ダイモーン(神に近いもの)の声を聞いていたといっていますが……。とにかく、イデア界のことに夢中になるのを〔マニアー〕といいます。マニアーは、説明の必要はないでしょう。

パルメニデス

イデア論への疑問

みんなは、それぞれ疑問に思うことが出てくるでしょう。どんなものにもイデアは存在するのでしょうか。ペンのイデア、これならありそう。机のイデア、木のイデア、勇気のイデア、本のイデア、臆病のイデア、……。こんなものすべてにイデアがあるのでしょうか。これは、プラトンも考えていました。

中期か後期の作品に『パルメニデス』があります。そうです。何講だったか、あっ、4講か。エレア派をやりましたね。その開祖がパルメニデスでした。そうそう、「あらぬものはあらぬ」と言った詩人哲学者です。その老先生パルメニデスと若きソクラテスを対決させたのが『パルメニデス』です。

汚物にはイデアはない

パルメニデスは、ソクラテスに「汚物や抜け毛、泥」にもイデアはあるのかとたずねます。ソクラテスは困ってしまいます。ソクラテスが困っているということは、プラトンが困っている、ということになります。

ん? ああ、そうだ。君の言うとおり、『パイドン』に、「大」のイデア、「小」のイデア、「火」「熱」「冷」「雪」といったものを使って、イデアの説明をしているね。そうそう、「奇数」と「偶数」の話もある(100e〜107b)。みんなも読んでおくといいかもしれないな。まあ、魂の不滅を証明しているところなので、初めから拒否する態度で読まずに……。

イデア論はどこへ?

まあ、でも、プラトンは、途中で〔イデア論〕の矛盾に気づき、放棄したんじゃないか。その証拠に、後期作品にはイデア論のことが書かれなくなってくる。こんなところが、最近の一般的な解釈になっています。

でも、〔イデア論〕は、プラトンの代表的な思想として、現在でも紹介されるんだ。理想とも言うべきイデアを追い求めることは、人間の永遠のテーマかもしれない。組み立ての理論とかは置いといて、「純粋」「理想」というのは、きれいだからね。結構長く、「純愛」ブームが続いていますね。今は、「電車男」なんていうのが……。うん、映画やテレビドラマ、舞台まであるそうだ。

まあ、それが純愛かどうかはわからないけど……。少なくともプラトンの言うようなエロースではないわけで、……。私は高校生のとき、……。

ああ、もう終わるね。


インデックス・ペイジ

初期ギリシア哲学
 第1講 ミレトス派
 第2講 ピュタゴラス派
 第3講 ヘラクレイトス
 第4講 エレア派
 第5講 エンペドクレス
 第6講 アナクサゴラス
 第7講 原子論

ソクラテス
 第8講 ソフィスト
 第9講 ソクラテスの生涯
 第10講 ソクラテスの弁明
 第11講 クリトン
 第12講 ソクラテスとは

プラトン

  第13講 プラトンの生涯

  第14講 プラトンの著作

  第15講 想起説

  第16講 イデア論

  脱線:さまざまな愛について

  第17講 哲人政治論

アリストテレス
  第18講義 アリストテレスの生涯
  第19講義 著作と論理学
  第20講 形而上学




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参考文献
『ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け』
池田晶子著 新潮文庫
\460 2002/09
 悪妻の代名詞とされてきたクサンチッペが、夫ソクラテスと大激論を繰り広げる。
 テーマは、不倫ブーム、臨死体験、大地震、反戦映画、マルチメディア。 Amazon.co.jp
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参考文献
『パイドン』プラトン著
岩田靖夫訳 岩波文庫
青602-2 1998/02 \588
Amazon.co.jp   楽天ブックス





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参考文献
『饗宴』プラトン著
久保勉訳 岩波文庫
1982/08 \525
Amazon.co.jp   楽天ブックス  悲劇詩人アガトンの優勝祝賀の席で、参加者5人が愛(エロス)についての持論を語る。取りはソクラテス。
 プラトニック・ラヴと呼ばれる理想の愛とは?





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参考文献
『饗宴』プラトーン著
森進一訳 新潮文庫
1983/07 \380
Amazon.co.jp   楽天ブックス  悲劇詩人アガトーンの優勝祝賀の席で、参加者5人が愛(エロース)についての持論を語る。取りはソークラテース。 プラトニック・ラヴと呼ばれる理想の愛とは?





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バーネット=テイラー説
 イギリスの古代哲学研究家の John Burnet と弟子の A. E. Taylor は、中期作品、つまり、イデア論はソクラテスの考えで、プラトンは、やがて、師のイデア論に疑問を持ち始め、『パルメニデス』執筆時には、その考えを捨てている、とした。
 また、『国家』中で、理想国家について書かれた国家論もソクラテスの考えだとみている。



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参考文献
『プラトン哲学』
ジョン・バーネット著
出隆訳 岩波書店
1998/11 \525
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