ギリシア哲学への招待状 愛知哲仁 An Invitation to Greek Philosophy

第7講義 原子論

レウキッポス

原子論の誕生

レウキッポス(Λευκιππος;Leukippos, B.C.480-)は、ミレトスか、アブデラの生まれ。ミレトスならば、タレスたちと同じことになります。エーゲ海の北の位置にある大陸部分を、トラキアと言いました。そのトラキアにアブデラという町はあります。レウキッポスはエレアに出かけ、ゼノンに師事します。そして、【原子論(英atomism)】の創設者とも言われているんです。

ケノン

レウキッポスは、「無いものも、有るものと同様に存在する」と言いました。空虚、虚空間(ケノン:kenon)ともいうのですが、「無」の存在を認めちゃったのです。これはちょっと、師にそむくことになりますね。だって、パルメニデスを祖とするエレア派は、「無いものが有るなんて言うな」という立場をとっているんでしたね。ゼノンもそうです。

デモクリトス

ギリシア地図、原子論者関係 レウキッポスの弟子に、デモクリトス(Δημοκριτος;Demoklitos, B.C.460-B.C.370)が登場します。デモクリトスの生地もアブデラ、またはミレトスとされています。彼はレウキッポスに教えを受ける前に、ペルシアやエジプトに出かけ、神学や天文学を学んだということです。また、アナクサゴラスにも近づいたということです。

原子論はレウキッポスに始まるとされていますが、彼の書いたものは残っていません。それに比べデモクリトスは多作で、倫理学・自然学・数学・文芸・音楽・技術など多岐にわたっています。ただ、これらの多くのものは、今日触れることはできないのです。比較的、倫理学関係の断片は残っていますが、自然学のものが、もっと残っていてくれればよかった。

デモクリトスは、ソクラテスやプラトンと同時代の人物です。アテネにもやって来て、著作をしていたそうですが、目立たずに生活していたのか、ソクラテスの方は、彼のことを知らなかったようです。またプラトンは、知っていたようですが、無視していたようです。自分の最大のライバルになるのは、デモクリトスかも知れないと、プラトンが考えていた、という記述もあります。そして、集められるだけのデモクリトスの著作を集めて燃やそうとしたとも言われています。反対にあい、やめたそうですが。

今から、レウキッポスとデモクリトスの原子論の内容について、お話しします。どこからどこまでがレウキッポスの考えで、デモクリトスの考えがどこからかは、わからないので、2人の理論としてお話しします。

プレーレスとケノン

彼らもエレア派の要求に答えるべく努力します。そして、「この世界は【充実体(プレーレス:pleres)】と【虚空(ケノン:kenon)】からできている」と結論づけます。充実体は、充実して存在する。そして、虚空は、無いものとして存在してくれなきゃ困る。なぜなら、充実体が虚空を移動し変化の場所として必要とするから。

ああ、そうですね。「変化」という言葉を使うと、エレア派の要求に答えられなくなりますね。そうなんだけれど、ちょっと我慢して聞いてください。

エレア派は、1つの分けられない存在を提示しましたが、私たちが見ている感覚とは、ぜんぜん違いますよね。彼らは、感覚を、幻を見ているんだと否定しましたが、現に見えているんだからしょうがない。何とかこれを説明できる理論は無いか。エンペドクレスもアナクサゴラスも頑張って、理論を組み立ててみた。原子論者だってやりました。彼らはこう説明しました。

充実体の正体は原子

充実体が虚空で分割されているから、たくさんの物が存在できるのだ。分割されなければ、全部1つのものとなってしまう。虚空がなければ、多数の物質が分けられて存在することはできない。だから、虚空がある。そして、その充実体の正体とは、【原子(アトモン:希atomon;アトム:英atom)】だ。物をどんどん分割していくと、これ以上分割できない原子にたどり着く。そしてそれは、目に見えないくらい微小なものだが、確かに大きさはある。そして、原子は新たに生じもしないし、無くなりもしない。

ア(a)というのは、否定の字で「〜ない」という意味なんです。トモン(tomon)は、「分割できる」という意味。そう、アトモンとは、「(これ以上)分割できない(もの)」という意味なんだね。それを原子と訳しちゃってるわけだ。

原子は不滅

あらゆる変化は、この原子同士が虚空間を移動し、分裂したりくっついたりして生まれている。原子論者は続けます。原子は永遠に不滅で、その数は非常にたくさんある。その原子が、真空の虚空間を漂いながら、相性のよい原子と結びつく。それが大きな塊となって、物質が現れる。もちろん、原子がばらばらに離れて物質がなくなるように見えるときがあるけれど、原子がまた分散して、違う物質をつくるために虚空間を漂うのだ。我々が見ている、生成・変化・消滅というのは、このことが行われているのだ。

なかなかよくできた説明です。そして、現代の我々が解明してきている物理や化学の法則とも、かなりの部分で合っています。

「アナクサゴラスの種子と、どう違うの?」という質問ですが、種子は質が違う種子がたくさんあって、その量の差によって物質の特性が現れていました。たくさんある種子の性質が強く現れる。それに対し、原子は、みんな同じなんだ。でも、大きさや形はさまざまで、質は同じ。物質が違って見えるのは、その原子が組み合わさったときの位置や配列が違うと。そういうことを言っています。

唯物論

いや、それよりもむしろ、この原子論が告げていることで大切なのは、宇宙の初めに、この原子たちが虚空を漂い始め、その運動は原子自体の自発的な動きによるもので、ただ機械的に離合集散し、それは必然的なもの。つまり、宇宙や世界は、放っておけばなるようになる。そこにエンペドクレスが言うような「愛と憎しみ」、アナクサゴラスの唱える「ヌース」という原理が、入り込む余地はない。そう言っていると解釈されています。そうです。そう考えるならば、精神などというものを否定していて、精神などが目指す目的というものも否定しているのです。ちょっと強引なまとめとなりましたが、彼の考えを【機械論的世界観】、【唯物論的世界観】と見ることができます。

ええ、そうなんですよ。まさに唯物論で、魂さえも原子によって成り立っていると考えていたのです。魂の原子は火のようなもので、熱をもっています。そして、その形は球体です。生き物はあたたかいですよね。特に動物は。魂が熱を帯びているからです。死んだら冷たくなるのは、魂がなくなるからなんです。

その通りに受け止めれば、こうなります。人間の努力によって、世の中が変わるとか、運命が変えられるとか思っちゃダメ。原子の自発的な動きによって、あらかじめ帰着点は決められているんだから。それは運命です。だから、魂の原子が自然な状態で働くように、静かに暮らしなさい。

笑う人デモクリトス

ヘラクレイトスは、「泣く哲学者」と呼ばれましたが、デモクリトスは、いつも笑っていたので、「笑う哲学者」「笑う人」と呼ばれていました。

比較的多く残っているデモクリトスの倫理的な断片を見てみると、つらいことがあったり、不幸に見舞われても、元気に明るく笑って生きよう。快活に生きていれば、幸せはついてくる。デモクリトスは、こんなふうに考えていたと思われます。「元気があれば、何でもできる」ではありませんが、人間としてどう生きていくべきなのかについても、デモクリトスは、大いに語っています。

デモクリトスは、先ほどまとめたような、唯物論というだけでは説明しきれない、何か、人間の精神・心の活躍する場も設けていたのではないか。もう少し考えてみる価値があるのではないか、と考えています。

もう2つほどお話したいこともあるのですが、長くなりました。ここまでに、いたしとうございます(『武田信玄』の若尾文子風に……。古すぎ。白けたまま講義終了)。


インデックス・ペイジ

初期ギリシア哲学

 第1講 ミレトス派

 第2講 ピュタゴラス派

 第3講 ヘラクレイトス

 第4講 エレア派

 第5講 エンペドクレス

 第6講 アナクサゴラス

 第7講 原子論

ソクラテス

 第8講 ソフィスト

 第9講 ソクラテスの生涯

 第10講 ソクラテスの弁明

 第11講 クリトン

 第12講 ソクラテスとは

プラトン

 第13講 プラトンの生涯

 
第14講以降は第13講のペイジ内やインデックス・ペイジ内のリンクよりご訪問ください。





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デモクリトスの断片より
●断片275
 子育ては失敗しやすい。それは、成功した場合も争いと心配が尽きないし、失敗すれば、他の失敗とは比べられないほど悲劇だ。

●断片278
 子どもを持つことは、本能によって、また昔からの慣わしで当然だと考えられている。これは、他の生物を見ても明らかだ。
 本能に基づいて子どもをもうけるのであって、何か利益を目当てにして子どもを持つのではない。子供が生まれてしまうと、親は苦労して働き、全力で子供たちを養育する。
 子供たちが幼いうちは、特に注意し、彼らにもしものことがあれば、本人以上に心を痛める。このような性質は、命あるすべてのものが持っている。
 だが、人間たちは、子供たちから、何らかの利益を得られるというような考え方を持つようになってしまった。




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参考文献
古代ギリシアの原子論
西川亮著 渓水社
\9,975 1998/06
『デモクリトス研究』で精緻な研究を見せた作者が、現代における原子論の意味を問う。






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参考文献
『ソクラテス以前哲学者断片集第4分冊』  ¥4,830
内山勝利編 岩波書店
レウキッポス、デモクリトスの断片が収蔵されているのは、第4分冊




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参考文献
『ギリシア哲学者列伝(下)』  ¥900+税
ディオゲネス・ラエルティオス著
加来彰俊訳 岩波文庫
レウキッポス、デモクリトスについては、この下巻。彼らについては学説もしっかり述べられている。





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