ギリシア哲学への招待状 愛知哲仁 An Invitation to Greek Philosophy

第11講義 クリトン

書籍紹介等

とうとう、ソクラテスに死刑判決が出ましたね。前回は、そこで終わりました。本日は、ソクラテスが牢獄で、友人のクリトンと対話します。その内容は、プラトン著の『クリトン』という書物に記されています。

みんなはすでに、『弁明』は読んだと思います。文庫本を持ってる人は、『クリトン』は一緒になっていますから。文庫本で読まなかった人は、図書館で、中央公論社の「世界の名著」シリーズを探して、「プラトンT」を読んでください。岩波の『プラトン全集』もあるかもしれません。すぐ読めます。短いですから。文庫本で数十ペイジ。できればじっくり読んでください。

では、行きます。

『クリトン』概要

死刑期日到来

ソクラテスは、祭礼の船がデロス島から戻ってきた翌日に死ぬことになっていました。祭礼の期間中は、死刑執行をしないと決められていたもう少し詳しい説明はこちらのです。そして、そろそろ、その船が戻ってきそうだ、という悪い知らせを持ったクリトンが、牢獄のソクラテスのもとを訪れます。

クリトンが脱獄をすすめる

クリトンは、ソクラテスに脱獄を勧めます。自分のポケットマネーで払えるくらいのお金を払えば、脱獄は充分可能だと説明します。また、そうできないと、ソクラテスを見殺しにしたと思われるので、ソクラテスの友人・弟子一同にとって、大変不名誉だとも述べています。

皆さんはどうですか。無理をすれば、友人を救える状況では、何もせずにいるというのは、耐えられないのじゃないのかな。

脱獄を断る

ソクラテスは、「『見殺しにした薄情者』と大衆がののしっても気にするな」と言います。「大衆の意見は気にせずに、正しいことだけをすれば良い」と答えます。

やっぱり、ちゃんと読んでもらった方がいいですね。私が要約すると、それは私というフィルターを通るわけで、私の解釈を押し付けることになるから。まあ、いずれにしろ、講義なんてものは講師の考え方・解釈を伝えているもんだけれど……。読む人によって、目の付け所が変わってくる。そういうのがいいんです。まあ、講義だから仕方がない。

衆愚政治

間違った決定には従わなくても

進めます。私のお勧めはここです。クリトンがこんなことを言います。

―――プラトン著 『クリトン』(44d)より引用――――――――――――
だけど、ソクラテス。大衆の評判も気にかけないといけないんだ。今、現に起こっていることを見てごらん。大衆は善い意見を見失ったら、どんな悪でも実行してしまうってことがわかるだろ。
――――――――――――――――――引用終わり――――――――

どうですか。古くないでしょ。ソクラテスのような立派な人物を、死刑に追いやってしまうような、愚かな民主政治のことを「衆愚(しゅうぐ)政治」と呼んでいます。これは、現在でも使われます。一昔前になりますが、テレビ朝日の『朝まで生テレビ』に、西部邁(にしべすすむ)氏が出ていて、よく「衆愚政治」ということを口にされていました。日本の政治も衆愚政治だと。

政治の話だと、興味が薄いかもしれないので、テレビの話でもしてみます。どうですか。番組制作者は、視聴率という大衆の評判を気にしますよね。ちょっと前には、視聴率を上げるために不正を行う制作者もいましたね。「視聴率なんて関係ないね。どれだけいいものを作るかが勝負なんだ」と堂々と言い切れる人は少ないと思います。どこかの国営放送は、本当はそんなことを気にせずに、できる状況があるのに……。

みなさんも、考えてみてください。

大衆は気まぐれでいい加減

さて、ソクラテスは、こう答えています。

―――プラトン著 『クリトン』(44d)より引用――――――――――――
もし大衆が、どのような悪でも実行できるのならば、どのような善でも実行できるはずなんだ。もしそうだったらどんなにすばらしいだろう!けれども、現実には、大衆にはどちらも実行できっこない。なぜなら、大衆を賢くしたり愚かにしたりすることはできないからなんだ。大衆がやることは、気まぐれでいい加減なんだよ。
――――――――――――――――――引用終わり――――――――

説得の方向転換

前半部分は、かっこいいですね。後半には賛同しかねます。皆さんはどう思いますか。クリトンも納得しかねていますが、その方面からの説得はあきらめます。そして、「努力すれば、命が救われるのに、努力しないのは間違っている。子供のことはどうするのか(45c, d)」と硬軟取り混ぜて、説得を試みます。

正しい方向に努力する

ソクラテスは、クリトンの情熱に感心します。しかし、その情熱も間違った方向に行ってしまうと、取り返しのつかないことになると、指摘します。「何が正しくて、正しくないのか」。そのことだけに従うようにと忠告します。体よりも精神の方が大切だと述べ、「大切なのは、単に生きることではなく、よりよく生きることだ(48b)」と名言を吐きます。

不正に不正で報いてはならない

裁判の結果は間違っている。不正だ。アテネの市民は不正を行った。ソクラテスはそう信じています。しかし、その不正に、脱獄という不正で報いてはいけない。「不正の仕返しに、不正を行ってはいけない」。この内容をクリトンに納得させます。

これは、いろいろと検討されるべき意見だと思います。現実には、これはなかなか難しい。例えば、イラクのある人々は、アメリカ軍に不正に攻撃を受けたと考えています。そうして、テロ活動を行いアメリカ軍に対抗しています。テロ活動は、アメリカのブッシュ政権にとっては、やはり不正にあたります。客観的には、不正に不正で対抗しているように思われます。ただし、アメリカ軍もテロ活動家も、自分たちの行為を不正だとは思っていません。また、ロシア連邦内でも、テロが起こっていますね。

街で人に、突然殴りかかられて、黙って殴られるままでいられる人。そんな人は、この講義室にいますか。私は幸い、今までにそんな経験が一度もないのでわかりませんが、多分何らかの対抗措置をとると思われます。逃げ出すかもしれませんが、その行為もソクラテスに「不正だ」と言われそうです。(この辺り、殴り返すことが不正ととられかねないが、対抗もせずに逃げ出す行為が正しくないと考えたようだ。いずれにしても、正しい論理の流れとは言いかねる。納得できなくてもよい。)ちなみにイエス=キリストは、「右の頬をぶたれたら、左の頬も突き出してやりなさい」「下着を取られそうになったら、上着もあげちゃいなさい」と言っています。

私は、たぶん二十歳のころから、ずっと欠かさずにNHKの大河ドラマを見てきました。1年に数回見逃すことはあるのですが、ほぼ毎週見てきました。しかし、『北条時宗』の年に、どうも違うぞ。まあ、ドラマですから、史実と違ってもいいのですが、何かしっくりこないものを感じ始め、今では、全然見なくなってしまいました。今年の『義経』は、なぜか見ていますが……。

見ていたころの作品に、斉藤道三が出てきました。息子の義竜(よしたつ)と不仲になり、城を囲まれます。そのとき別の息子だったかは、「父上、座(ざ)して死を待つのですか?」と詰問します。道三は「その覚悟なくしてどうする」と一喝します。

何よりも命が

私が受けてきた教育では、命は大切で、まずそれが第一で、それを永らえる努力をすることが正義でした。最後まであきらめずに努力する。それが、正しい人間の生き方でした。どの先生が教えたとか、この先生がこう言ったということではありません。あくまで、すべての先生の意見を総合すると、ということです。

この大河ドラマのやり取りを見て、力をどこに向けるか、何のために努力するのか。そこも、もう一度考え直す必要があるのでないのか。そういうことを考えさせられました。

ソクラテスは、ある行動をとる正当性ということを、真摯に考え、その大切さを、我々に伝えています。彼は最後にこういいます。

―――プラトン著『クリトン』(54c, d)―――――――――――――――――
国法はこう言うだろう。
……中略……
まあ、いずれにしても、いまこの世からおまえが去ってゆくとすれば、おまえはすっかり不正な目にあわされた人間として去ってゆくことになるけれども、しかしそれは、私たち国法による被害でなくて世間の人間から加えられた不正にとどまるのだ。ところが、もしおまえが、自分で私たちに対して行った同意や約束を踏みにじり、何よりも害を加えてはならないはずの、自分自身や自分の友だち、自分の祖国と私たち国法に対して害を加えるという、そういう醜い仕方で、不正や加害の仕返しをして、ここから逃げていくとするならば、生きている限りのおまえに対しては、私たちの怒りが続くだろうし、あの世へ行っても、私たちの兄弟たる、あの世の法が、おまえは自分の勝手で、私たちを無にしようと企てたと知っているから、好意的におまえを受け入れてはくれないだろう。いずれにしても、クリトンがおまえを説得して、彼の言うことを、おまえにさせるようなことがあってはなるまい。それよりは、私たちの言うことを聞いておくれ。と、こう言われるのが、親しい仲間のクリトンよ、いいかね、ぼくには聞こえるように思うのだ。

――――――世界の名著6『プラトンI』田中美知太郎編より――――

最後は、アテネの国法に乗り移って、ソクラテスが長々と語ります。ソクラテスは、この言葉の後で、クリトンに「まだ言うことはあるか」と聞きます。クリトンは「もう何も言うことはない」と答え、牢獄を去ります。ソクラテスが毒杯をあおる3日前のことです。

なすべきことについて

『クリトン』には、古代のころより「なすべきことについて」という副題がつけられていました。プラトンの書物の名前は、ほとんどがソクラテスと問答する人物の名前なので、何について書いてあるかが、すぐにわからないので、こういう副題がつけられているものがあります。

あっ、違うんだ。別に「死んだから偉い」ということでは、ないんだ。ひょっとすると、逃げ出していてもよかったかもしれない。納得できる理由があって、それこそが正義だと確認できれば。

ソクラテスという人は、「皮肉屋で、屁理屈をこねくり回す」と悪評もあるけれど、自分の生命にかかわるような事柄でも、それに惑わされずに、自分が正しいと思うことを考え、選択した。考え抜き、納得した上で、死が正しい決断だとしたんです。彼、ソクラテスが「今、なすべきことは死刑に服することだ」と結論付けたわけです。

確かに延長したけど

あっ、君〜ぃ。どこへ行くのかね。何?用事?。急ぎなのかね。じゃあ、仕方ないね。

来週は休講

来週は休講です。さっきの子は、ちゃんと掲示板見てくれるかな。誰か知り合いならば、伝えておいてください。

再来週は、ソクラテスの最終回です。


インデックス・ペイジ

初期ギリシア哲学

 第1講 ミレトス派

 第2講 ピュタゴラス派

 第3講 ヘラクレイトス

 第4講 エレア派

 第5講 エンペドクレス

 第6講 アナクサゴラス

 第7講 原子論

ソクラテス

 第8講 ソフィスト

 第9講 ソクラテスの生涯

 第10講 ソクラテスの弁明

 第11講 クリトン

 質問:死刑延期の理由

 第12講 ソクラテスとは

プラトン

 第13講 プラトンの生涯

 第14講 プラトンの著作

 第15講 想起説

 第16講 イデア論

 第17講 哲人国家論

アリストテレス
  第18講 アリストテレスの生涯

第19講以降の講義は、第18講義のペイジか、インデックス・ペイジ内のリンクをクリックしてご覧ください。



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参考文献
『ソクラテスはなぜ死んだのか』
加来彰俊著 岩波書店
\2,520 19cm×13cm 261p
 ソクラテスはなぜ逃亡しなかったのか?
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参考文献
『ソクラテス』
岩田靖夫著 勁草書房
\2,940 19cm×13cm 317p
 ソクラテスの論法の論理をつかみ、彼の思想全般を理解しようと試みる。
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参考文献
『ソクラテス以前以後』
フランシス・マクドナルド・コーンフォード著
山田道夫訳 岩波書店 \483 文庫版
Amazon.co.jpへ
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参考文献
『ソクラテス研究序説』
米沢茂著 東海大学出版会
\7,875 2000/03
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参考文献
『古代哲学への招待 パルメニデスとソクラテスから始めよう』
八木雄二著 平凡社
\830 新書版 2002/10
プラトン・アリストテレス・ストア学派・新プラトン主義にも言及。
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参考文献
『プラトン全集(1)』
プラトン著 岩波書店
田中美知太郎訳 全集・双書
\5,040 2005/01
 『ソクラテスの弁明』『クリトン』『パイドン』ほか
Amazon.co.jp
楽天ブックス


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ギリシアかギリシャか
 「ギリシア」の国名は、「ギリシャ」というのもよく使われている。手もとにある中学生用の歴史教科書では「ギリシャ」となっている。高校の資料集になると「ギリシア」を使っているものが多くなる。学者・研究者は、伝統的に「ギリシア」を使うことが多いらしい。辞書類も「ギリシア」が多いようだが、新聞等のマスコミでは「ギリシャ」が標準となっている(共同通信社刊の『記者ハンドブック新聞用字用語集第8版』より)
 「哲学」をつけてGoogleで検索してみると、「ギリシャ哲学」は、8720件、「ギリシア哲学」は、9900件のヒットがあった(2005年6月12日)。どちらもほぼ同じように使われている。
 このサイトでは、特にこだわりはないのだが、「ギリシア」の方を使用することにする。


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参考文献
『41歳からの哲学』
池田晶子著 新潮社
\1,260 2004/07/17
 「死」についての考察
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参考文献
『ソクラテスの弁明・クリトン』
プラトン著 久保勉訳
岩波文庫 \420
 格式高き岩波文庫。なぜか古い訳文の方がありがたみが増す。
Amazon.co.jpで見る。
楽天ブックスで見る。


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参考文献
『ソクラテスの弁明・クリトン』
プラトン著
三嶋輝夫訳 田中享英訳
講談社学術文庫 \924
 ヴラストスの新研究も考慮した新訳。クセノフォンの弁明も読める。
アマゾンで。
楽天ブックスで。
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