ギリシア哲学への招待状 愛知哲仁 An Invitation to Greek Philosophy

第8講義 ソフィスト

ソピステース

いよいよソクラテス。そう行きたいのですが、その前にちょっとだけ紹介しなければいけない人たちがいます。ソフィスト(Sophist)と呼ばれる者たちです。ギリシア語のソピステース(Sophistês)から来ています。

自然哲学のにない手

今まで見てきたように、ギリシア自然哲学と呼ばれる学問を切り開いたのは、ギリシア本土にいる生粋のギリシア人ではなく、その周りのギリシア植民都市の住民でした。

「知」という商品

彼らはギリシア神話の呪縛からはなれて、自由に自然の成り立ちを考えることができたのです。当然の成り行きとして、これらの地から自然哲学を身につけた人物が出てきます。そういった人物が、また地中海沿岸を行き来します。当然、繁栄をほこるアテネなど、ギリシア本土諸都市にもやってきます。ソフィストとは『知者』という意味です。彼らが持ち込んだ品物は「知」「知識」と呼ばれる商品です。

折りしもアテネは、民主政治が始まり、知識のある者、とりわけ弁論のうまい者の意見が通る世の中となります。ソフィストたちが活躍する素地ができあがっているのです。続々とソフィストたちがアテネを訪れ、高い報酬を受け取って、富裕層の若者に弁論術などを教えます。

アテネの全盛期が過ぎて、小アジアなどへのペルシア(アケメネス朝)帝国の勢力が再び拡大してきます。こんな事態になったときにも、小アジアなどの植民市にいた学者や知識人たちは、追われるようにギリシア本土、アテネに生活の場を移してきます。

弁論術は高く売れる

先ほども言いましたが、彼らが教えるのは、主に弁論術です。ディベートなどはお手の物だったでしょう。具体的な処世術も教えます。自然科学についての知識を持つ彼らですが、積極的には教えません。アテネの若者たちが要求するものではないからです。逆に、積極的に自然科学を教えると、「神を冒涜する者」とみなされ迫害されるのです。

プロタゴラス

神々について

ソフィストの中で一番有名なのがプロタゴラス(Protagoras;B.C.500-B.C.430)です。彼はこう言っています。

―─廣川洋一著―─『ソクラテス以前の哲学者』より――引用始まり―─

 神々については、彼らが存在するということも、存在しないということも、姿形がどのようであるかということも、私は知ることができない。それというのも、それを知ることを妨げるものが多いからだ。すなわち、(このような主題には)確実性というものがないし、人間の生は短いからなのだ。(断片4)

―――――――――──────────引用終わり────―――

彼は神の存在について、肯定も否定もしていません。突き止めるなんて、そんな無駄なことをしている暇はない。そう考えていたのです。しかし、無神論者と誤解されてシリアに逃げる途中で、船が難破し溺れ死んでしまうのです。彼の書物は焼かれます。

人間は万物の尺度

プロタゴラスの代表的な言葉は、

─―廣川洋一著―─『ソクラテス以前の哲学者』より――引用始まり―─

 人間が万物の尺度である。すなわち、そうあるものどもについては、そうあるということの、そうあらぬものどもについては、そうあらぬということの(尺度である)。(断片1)

―――――――――──────────引用終わり────―――

です。人間の役に立たないものの研究をしてもしょうがないのです。自然の原理。それはあるかもしれません。しかし、そんなものを突き止めたところで、人間が幸せになるとは限りません。人間にとって有用であるか、無用であるか、それが基準となります。

相対主義

また、法律についても、絶対的に正しい法律などはない。アテネでは正しい法律も、他のポリスでは適用できない場合もある。ポリスにより、また個人によって、正しいことが変わってくるのだ。こういうのを【相対主義】といいます。反対語は絶対主義です。

皆さんにとっては、クラシック音楽というのは退屈で、価値のないものかもしれませんが、私にとっては、精神の安定に欠かせない貴重なものなのです。こういうと、納得してくれますか。

ソクラテスも評価

あっ、そうです。プロタゴラスは、原子論のデモクリトスと同じく、トラキアのアブデラ出身です。デモクリトスの先輩なんです。何度かアテネに来て、ペリクレスとも親しくしています。シチリア島にも行ったようです。南イタリアのトゥリオイという都市のために憲法も作ります。非常に優秀な人物で、ソクラテスも評価しています。ただし、プラトンやアリストテレスからの評価は低いのですが。

プロタゴラスほどではないのですが、他のソフィストも、このような活動をします。彼らは【徳(アレテー;aretê)】を教えるということを言っています。彼らが言う「徳」とは、「国家のために役に立つ知識や能力」のことです。ひとまず自然科学は置いといて、「人間中心で行こう」「人々が幸せに暮らせるように」。このような方向に進んだのが彼らで、ソクラテス登場の下地を作ったと評価されています。悪評も多いのですが。

再来週は『ソクラテスの弁明』をやります。私の講義には、年間テキストというものはないんだけれど、『ソクラテスの弁明』だけは、文庫本でいいので買って下さい。岩波でも、角川でも、どこのでもいいよ。どこかで手に入れて、再来週までに読んでくること。これ宿題ね。夏休みの宿題とも関係あるので、ぜひ買っておいて。(書籍紹介は第9講のペイジの右側をごらんください。これは架空の講義なので、言われたとおりにする必要はない。ただし、図書館かどこかで読むとよい。読み方にもよるが、短いのですぐ読める。)

終わります。


インデックス・ペイジ

初期ギリシア哲学

 第1講 ミレトス派

 第2講 ピュタゴラス派

 第3講 ヘラクレイトス

 第4講 エレア派

 第5講 エンペドクレス

 第6講 アナクサゴラス

 第7講 原子論

ソクラテス

 第8講 ソフィスト

 第9講 ソクラテスの生涯

 第10講 ソクラテスの弁明

 第11講 クリトン

 第12講 ソクラテスとは

プラトン

 第13講 プラトンの生涯

 第14講 プラトンの著作

 第15講 想起説

 第16講 イデア論

 第17講 哲人国家論

アリストテレス
  第18講 アリストテレスの生涯

第19講以降の講義は、第18講義のペイジか、インデックス・ペイジ内のリンクをクリックしてご覧ください。



  このペイジの一番上へ





参考文献
『イソクラテス弁論集(1)』
イソクラテス著 小池澄夫訳
京都大学学術出版会
\3,360 293pages
 ソフィストたちの弁論術は、どのようなものだったのか。
 修辞法が鮮やかな説得力をもたらす。





  このペイジの一番上へ





参考文献
『ソフィスト』田中美知太郎著
講談社学術文庫 1976/10
\756 222pages
ゴルギアス他のソフィストたちの断片訳を含む解説研究書。
悪名高きソフィストの役割を積極的に評価。ソピステース復権なるか。





  このペイジの一番上へ





参考文献
『ソクラテス以前の哲学者』
廣川洋一著 \1,260
講談社学術文庫
 初期ギリシア哲学の主要な人物が網羅され、その著作断片(日本語)も収録されているお徳用。
 学生諸君にまず薦めたい良書。左の講義録中にも、この本からの引用がある。





  このペイジの一番上へ





参考文献
『ソクラテス以前哲学者断片集第5分冊』  ¥4,620
内山勝利編 岩波書店
プロタゴラスはじめ、ソフィストたちは第5分冊
  このペイジの一番上へ

第7講に戻る
第9講に進む
© 2005 Tetsuhito Aichi
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送