ギリシア哲学への招待状 愛知哲仁 An Invitation to Greek Philosophy

第6講義 アナクサゴラス

はい、こんにちは。

今日紹介するアナクサゴラス(Anaxagoras B.C.500-B.C.428)は、小アジアのイオニア地方の小都市クラゾメナイに生まれました。地形的な関係で、ミレトス派に親近感があったと思われます。

ヌースによりスペルマータが

スペルマータが根源

エンペドクレスは、あらゆる物質は4根からできている、と考えました。アナクサゴラスは、「4つなんて、少ない少ない。もっとたくさんある。すごくたくさんあるよ」と主張しました。彼はこの無数にあるものを【種子(スペルマータ;spermata)】と呼びました。

宇宙の始まり

―――廣川洋一著『ソクラテス以前の哲学者』P309――――

あらゆるものは一緒になってあったが、それらは、その数においても小ささにおいてもともに無限である。小さささえ無限であったからだ。そして、すべてのものが一緒にあった間は、何ひとつとして、その小ささの故に、目に見えはしなかった。それというのも、空気とアイテルとが――これらはともに、無限なものである――、すべてのものに勝って優位を占めていたからなのだ。すなわち、これらは、ものの全体のなかで、数の点でも、量の点でも、最多のものだからである。

───────────アナクサゴラス真正断片1を引用───
―――廣川洋一著『ソクラテス以前の哲学者』P313――――

知性(ヌウス)は無限で独立自存し、何ものとも混合せず、ただひとり、それ自身で、自らのもとにある。……(中略)……
また知性は回転運動全体を支配したから、原初において回転運動が生じたのだ。最初、小さな領域から回転運動が生じたが、今ではより広範囲にわたって回転運動が行われ、これから先もいっそう広い範囲にわたって回転運動が行われることだろう。そして、混合されたもの、切り離されたもの、分離されたもの、これらのもの一切を、知性は知ったのだ。また、あろうとしていたかぎりのもの――すなわち、かってあったもの、今あるもの、これから先あるであろうもの――の一切を、知性は秩序づけたのだ。……(後略)……。

─────────アナクサゴラス真正断片12から引用───

宇宙は初め、たくさんの種類の無数の種子が1つになっている状態だった。そして、それは目に見えないくらいに小さかった。ここに、ある原理による作用が行われ、最初は小さな渦巻きができるんです。それがだんだん大きくなって、いくつかに分かれます。そうして、私たちや私たちが見ているいろんなものができあがるのです。この変化を起こす原理が【ヌース(ヌゥス:nous:精神;知性;理性;心)】なのです。〔ヌース〕は、すべてお見通しで、未来のことも、すっきりわかっているのです。これ、日本語では、いろんな言い方をされるので、カタカナで言っておきます。プラトンやアリストテレスも〔ヌース〕という言葉を使います。でも、使い方・意味が違います。

一番多く含まれているスペルマータの特徴がでる

そうして分かれた一つ一つの物体には、やっぱりすべての種子が含まれているんです。そして、その物質を特徴づける種子をたくさん持っているから、その物質の特徴があらわれるのです。骨は骨の種子が、他の種子よりもたくさん配合されているから、骨に見えるのです。肉も骨の種子はほんのわずかに含んでいますが、肉の種子がたくさんあるから、肉の特徴を出しているのです。

初めからあったものが、減りもせず増えもせず、さまざまな物質ができますね。立派にエレア派の要求を満たしています。Aである物質がBに変わるのではなくて、配合されている種子の割合や量が変わるだけなのです。種子は初めからあるし、それら自体は増えも減りもしません。それらがまとまって、1つの物質に見えるものを構成しているだけなんですね。

エンペドクレスとの違い

まあ、大筋ではエンペドクレスと変わりませんが、種子がたくさんある、としたところが、まず違いますね。そして、「愛と憎しみ」という、何か世俗的なものより、〔ヌース〕と言う方が、知的でかっこいいですね。…… はい、「かっこいいか、かっこ悪いか」というのは関係なかったね。「愛と憎しみ」も深そうですが……。

二元論

物質を構成する〔スペルマータ〕と、世界を構成する原理の〔ヌース〕。アナクサゴラスもまた、エンペドクレスと同じように〔二元論〕者なのですね。ただ、ヌースについては、あまり役目を与えていないので、ソクラテスは、がっかりしています。

んーとねー、プラトンの『パイドン』の中で、ソクラテスは、アナクサゴラスの書物をある人から紹介されるんだ。その書物には「〔ヌース〕があらゆる物を秩序付け、あらゆる物の原因になっている」と書かれている、と言うんだ。ソクラテスは〔ヌース〕に興味を持ったので、その書物を取り寄せるんだけど、〔ヌース〕が全然活躍していないので、がっかりするんだ。(プラトン著『パイドン』97c〜99d)

その書物の全文を、今読むことは、残念ながらできない。今日紹介しているものの他にも断片はあるんだけど、残っているのは全体の十分の一くらいだろうと言われています。

―――廣川洋一著『ソクラテス以前の哲学者』――────

あらゆるもののうちに、あらゆるものの部分があるが、知性(ヌウス)は別だ。だが、その知性もまた内在するようなものがいくつかある。(断片11)
そして知性が運動を創始したとき、知性は動かされたものの一切から切り離され、知性が動かしたかぎりのものはすべて分離された。ものが動かされ、分離されるうちに、回転運動は、さらにいっそう分離をひき起こすことになったのだ。(断片13)
だが、つねにあるものである知性は、他のすべてのものもまたあるところに、すなわち、まわりを取り囲む多(原初の集塊)のうちにも、またこれまで結合されたり、分離されてきたもののうちにも、今なお確かにあるのだ。(断片14)

─────P312・P314よりアナクサゴラス真正断片を引用───

〔ヌース〕は別物だ」と主張していますね。回転運動を与えた〔ヌース〕は、そのときに、他のものたちから分離した存在なのです。でも、離れたと言いながら、あらゆるものの中にも〔ヌース〕はある、としています。

あらゆるものの中にある〔ヌース〕。我々人間にもあるはずです。「人間の〔ヌース〕は、魂と呼ばれるもの」と考えるのが自然です。

ただ、人間は速さや力の点では、ほかの動物たちより劣っている点もあるが、記憶しておくという能力やそれを経験として知恵として活用し、技術として生かしている(断片21b)と言っています。これが人間個々に内在する〔ヌース〕の力ではないでしょうか。

ビッグバン宇宙説

皆さんは、〔ビッグバン(big bang)〕という言葉を知っていますか。そうか、じゃ、〔ブラックホール(black hole)〕というのは聞いたことがあるでしょ。体積の割には、大きすぎる質量を持っている、超高密度な物体があるんだ。質量が大きいほど引力・重力は大きくなるよね。だから周囲のものは、吸い寄せられるんだ。光・電波さえもこの重力に絡(から)め取られて逃げ出せなくなるんだ。だから、無線で救援も呼べない。(S・W・ホーキング著『ホーキング、宇宙を語る』林一訳)

これに反し、〔ホワイトホール(white hole)〕というのも在るんだそうだ。これは、すべてのものが、そこから外に放出され、何物も近づくことができない。場所なんだ。

これとどうつながるかは知りませんが、「宇宙は大爆発(150億年前)により、膨張してでき上がったものだ」というのが〔ビッグバン宇宙説〕です。最初の大爆発が〔ビッグバン〕です。銀河系の想像図とか見たことがあるでしょ。コーヒーにミルクを入れて、かき混ぜたときのミルクの白の部分のように星々が配置されていますね。「渦巻き」です。そして、現在では、星々の間や星雲間の距離が開き続けているようなのです。「回転運動」は、今でも続いているのです。〔ビッグバン宇宙説〕が提唱された(G.ガモフ)のは、1946年です。アナクサゴラスは、2500年も前に、そのことを知っていた。そういうことになります。

ペリクレスの友人

ギリシア地図、アナクサゴラス関係 皆さんは、ペリクレスはご存知ですか。世界史で習ったと思います。古代アテネの最大の政治家・将軍ですね。アテネの最盛期を作った人物と言っても良いと思います。アナクサゴラスは、彼の友人にして師匠なんです。ということで、アテネに招かれ政治にも参加します。30年ほど滞在します。しかし、彼はギリシア神話なんて、意に介さないわけです。「太陽は燃えている石で、神なんかではない。ペロポネソス半島よりは大きいけれど。それから、月は太陽の光を反射して輝いている。月食は……。日食は……」とちゃんと天体の秘密を解き明かすのです。でも、それは、アテネの市民にとっては「神を冒涜すること」なのであります。という訳で、彼は裁判にかけられてしまいます。ペリクレスが弁護してくれたので、罰金刑で済みます。そして、彼はアテネを去り、小アジアに戻ります。そこで学校を建てます。

幸せとは?

アナクサゴラスは、「お金や権力を持っていること=幸福」とは考えていませんでした。自然について学び、宇宙の成り立ちを突き止めようとする人生が幸せで、それを行う人に悪い人はいない。彼はこう考えました。トロイの少し北東、ランプサコスで生涯を終えます。幸せな人生だったのでしょう。

今日は満腹ですね。終わります。


インデックス・ペイジ

初期ギリシア哲学

 第1講 ミレトス派

 第2講 ピュタゴラス派

 第3講 ヘラクレイトス

 第4講 エレア派

 第5講 エンペドクレス

 第6講 アナクサゴラス

 第7講 原子論

ソクラテス

 第8講 ソフィスト

 第9講 ソクラテスの生涯

 第10講 ソクラテスの弁明

 第11講 クリトン

 第12講 ソクラテスとは

プラトン

 第13講 プラトンの生涯

 
第14講以降は第13講のペイジ内やインデックス・ペイジ内のリンクよりご訪問ください。



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参考文献
『ソクラテス以前の哲学』
ジャン・ブラン著
鈴木幹也訳 1971/01
文庫クセジュ487 白水社
\999(税込み)177p
 クセジュ文庫とは、1941年に発行を開始したフランスの文庫本。モンテーニュの懐疑主義の「私は何を知っているのか?」という言葉“Que sais-je?”から名前が付いた。
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参考文献
『ソクラテス以前哲学者断片集別冊』 ¥5,250
内山勝利編 岩波書店
 アナクサゴラス他の断片を再構成し、著作物としてよみがえらせている。
 その他、出典索引、文献案内など、ソクラテス以前の哲学研究には欠かせないガイドブックとなっている。
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参考文献
『ソクラテス以前の哲学者』
廣川洋一著 \1,260
講談社学術文庫
 初期ギリシア哲学の主要な人物が網羅され、その著作断片(日本語)も収録されているお徳用。
 学生諸君にまず薦めたい良書。
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参考文献
『ホーキング、宇宙を語る』「ビッグバンからブラックホールまで」
スティーヴン・W・ホーキング著 林一訳
早川書房
 アリストテレスの『天体論』についても言及がある。カントの『純粋理性批判』、アウグスチヌス。宇宙を語るのは、哲学者の仕事だった。
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売り切れの節は、ご容赦を。









        








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